腹 減った

　ラーメンのスープに浮かぶ背脂というのには思い入れがある。
　若き日に住んでいた街の駅のそばにラーメンの屋台が出ていて、そこのラーメンがとっても美味しかったのだが、塩系統の味付けのラーメンスープに小さな背脂の粒々が浮かんでいたのである。
　私の実感としては、その屋台のラーメンを越えるラーメンにいまだ出会ったことがなく、したがって、美味しいラーメンを思い浮かべると一緒に背脂の粒々が鮮明なイメージとして脳内に現れてしまう。


　【麺屋空】へ行ったのは、いつだったか、少し前のこと。
　お店に入る前は、「塩でも空か・・・・いや、食うか」と思っていたのだが、メニューを見てたら「あっさり醤油」の隣りに、「背脂醤油」というのを見つけた。
　頭の中から「塩」は消えた。
　「背脂醤油を単品で」　そう注文した。セットメニューにするほど空腹ではなかったから。
　お値段は、５８０円。



　確かにスープ表面に背脂の粒々がぎっしりと浮かんでいる。
　もさっとした食感の麺に濃い目の醤油味。それに背脂。こってりしているようで、いわゆる「こってり」系のラーメンとは違う。
　久しぶりに外で食べるラーメンとしては悪くない。ただ背脂と醤油とが、私の口内にて融合してくれない。

　うーん。我が背脂に対する思い出さえなかったら、もっと美味しく食べられただろう。
　味の基準をノスタルジーで持つのは不幸の一点というしかない。
　あるいはまた、ご飯をセットで注文し、一緒に食べたら印象も変わったに違いない。徳島ラーメンは食べた経験がないのに、徳島の人たちがラーメンとご飯を必ずセットにするという理由が何となく理解できた。

　今度行けたら、「あっさり醤油」を食べてみることにしよう。